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古今著聞集
八/孝行恩愛
昔元正天皇の御時、美濃国にまづしくいやしきおのこ有けり、老たる父おもちたりけるお、此男山の木草おとりて、其あたひおえて父お養けり、此父朝夕あなかちに酒おあひしほしがりければ、なりひさごといふものおこしにつけて、酒うる家に望て、つねにこれおこひて父お養、ある時山に入て薪おとらんとするに、苔ふかき石にすべりて、うつぶしにまろびたりけるに、酒の香のしければ、思はずにあやしくて、其あたりお見るに、石の中より水ながれ出る所有、その色酒に似たりければ、くみてなむるに目出たき酒也、うれしく覚て、其後日々に是お汲て、あくまで父おやしなふ、時にみかど〈○元正〉此事お聞召て、霊亀三年九月日其所へ行幸ありて叡覧ありけり、是則至孝の故に天神地祗あはれび、其徳おあらはすと感せさせ給て、美濃守になされにけり、家ゆたかに成て、いよ〳〵孝養の心ふかゝりけり、其酒の出る所お養老の滝と名付られけり、これによりて同十一月に、年号お養老とあらためられけるとぞ、