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比売鑑
紀行五
ちかき比、備中国窪屋郡三田村の民、久兵衛といふものゝ妻に孝婦あり、久兵衛が父きはめてかたくなし、よめおつかひて、いさゝか心にかなはざれば・うちさいなむ、しかれどもよめはうらむる心もなく、ふかくそのつみおうけてさかはず、孝養おこたれる事なし、しうと八十におよびて、あしよはくなれるお、夜日となくそのたちいおたすけけり、ある夜よめつかれふして、しうとのおき出るおしらず、しうといかりて、よめが物つくうすの中にいばりす、よめ目さめてこれおしれども、つゆ色にあらはさず、いたくわかいぎたなかりしおくひかなしみ、しうとの心とくるおうかゞひて、ひそかに臼おきよめけり、ようづやはらぎしたがへるさま、みなかくのごとし、よりてかばかりつらきしうとなりけれど、終にはよめが心ざしにめでゝ、すぎこしひがひがしさお悔なげけり、その比しも国のなりはひ見めぐる人、かの家の門およぎりければ、しうと出まみえて、よめが孝行いみじき事ども、つぶさに告かたる、その人やがて国の君に申ければ、よめに禄たまはりて賞せられけり、