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夢語
一今世に不孝の子ありとて親勘当し、いかなる惡事すべきもしられずとて、其親々親類など奉行所へ訴申事多く、奉行所にても是お張外のものとし、事有時は父母親類へも咎等もなき事のよし、是人にもより、其事にもよるべき事ながら、人倫の破れ治の害惡者の種おろし也、人、々孝おなすべきは、御高札のはじめにのせられ、且明暦の御条目にも、不用父母の制詞、町々年寄五人組の者の異見不致承引者有之ば、可召連来先て罪舎、其上不直覚悟ば親切久離可追払、万一対于父母存遺恨ば、彼者従町中可捕来とあるとも、今の世の人々は、是おば御高札、彼は御触とのみ思ひ居て、其事どもはしらず、年寄五人組など深切に世話する者も、疎きやうにて、我身の用心計している也、何とぞ下万民お憐み恵ませ給ふ御事なれば、能々教へさとし、人々此御高札の趣おば、覚えしるやうにありたし、又中には親々の教へずして、惡者になるは、親の罪も有べし、然れば子およく教へさとし育るやうに、御教訓ありて、扠不孝の子在て、親もこらへず、諸親類所の者も巻て、悪者とおもふ者は、きびしく罪せらるべきか、隻今追払とするは、親の元お離るゝ計にて、近所前後如元徘徊して、猶惡心やまず、人に災し国の害おもなし、惡事おも仕出す也、是誠の御慈悲ならば、斯るものなどおこそ、遠島或は其罪の軽重、人々の品々により、遠国か近流か、いづれ父母の地お離して、其配所おえ立不去様にし、月逝歳経て心も改らば、又上よりして是お赦し玉ふやうにあらば、却ての御慈悲たらんか、既に不孝の輩猶有之ば、可処罪科事と、一条にのせられ、孝経には五刑属三千、罪莫大於不孝雲々、是いましむべきの第一也、然れどもむかしより、親頑に後妻あるひは嬖妾抔の讒によつて、不孝お唱へ、或は若気の過ち女色など、又は諸事などに逸して、惡事にはなく、過のつのりなどする類少からず、是は罪軽し、隣里郷党の顕暮おしれるものに、正く糺して、御沙汰あらんか、是等の一条遠き慮なくしては、後世の災成べし、且たゞ親子の間のあしきおば、不孝と成らば、却て人倫お破る事あるべし、