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十六夜日記
むかしかべのなかより、もとめいでたりけんふみ〈○孝経〉の名は、今の世の人の子は、夢ばかりも身のうへのことゝは、しらざりけりな、みづぐきのおかのくずは、かへす〴〵もかきおくあと、たしかなれども、かひなきものは、おやのいさめなりけり、〈○中略〉道〈○和歌〉おたすけよ、こおはぐゝめ、のちの世おとへとて、ふかき契りおむすびおかれし、ほそ川のながれも、ゆへなくせきとどめられしかば、跡とふのりのともし火も、道おまもり、家おだすけむおやこの命も、もろともにきえおあらそふとし月おへて、あやうく心ぼそきながら、なにとしてつれなくけふまでは、ながらふらん、おしからぬ身ひとつは、やすく思ひすつれども、子お思ふ心のやみは、なおしのびがたく、道おかへりみる恨は、やらんかたなく、さても猶あづまのかめの鏡にうつさむは、くもらぬかげもやあらはるゝと、せめて思ひあまりて、よろづのはゞかりおわすれ、身おようなき物になしはてゝ、ゆくりもなく、いざよふ月にさそはれいでなんとぞ思ひなりぬる、