[p.1110]
平家物語

二度のかけの事
むさしの国の住人、河原太郎、河原次郎とて、おとゝひ有、河原太郎、弟の次郎およふでいひけるは、大名は我と手おおろさね共、家人の高名おもつて名誉す、我らはみづから手おおろさではかなひがたし、かたきお前におきながら、矢一つおだにいずしてまち居たれば、あまりに心もとなきに、高なふは城の中へまぎれ入て一矢いんと思ふ也、されば千万が一つも生て帰らん事有がたし、なんぢは残りとゞまつて、後のしよう人にたてと雲ければ、弟の次郎なみだおはら〳〵とながひて、隻兄弟二人有ものが、あにおうたせて、弟があとにのこりとゞまつたればとて、いく程のえい花おかたもつべき、所々でうたれんより、一所でこそうちじにおもせめとて、下人共よびよせ、さいしのもとへ、さいこの有様いひつかはし、〈○中略〉城の中へそ入たりける、