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駿台雑話

武田信繁
信繁信虎の愛子として、信玄お廃して、信繁おたてんとするおば、かねて信玄も知たる事なれば、必忌惡むべし、それに国にのこりて信玄につかふるは、危難の場なり、〈○中略〉信繁嫌疑の間に処ながら信玄につかへて、兄弟の間、少しも違言ある事おきかず、〈○中略〉さて川中島にて、討死せられしこそ、猶義にあたりて覚へ侍る、信玄一生の危き折なれば、此時死せずして、いつの為に命おおしむべき、されば主辱かしめらるれば、臣死するの義お守て、こゝろよく討死せられしは、誠に見危授命といふべし、