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大鏡
五/太政大臣兼通
この殿たちのあにおとゝの御中、としごろのつかさ位の、おとりまさりのほどに、御中あしくてすぎさせ給ひしあひだに、ほり川殿〈○藤原兼通〉の御やまひおもくならせ給ひて、今はかぎりにておはしましゝほどに、ひんがしのかたに、さきおふおとのすれば、御まへに候人たち、たれぞなどいふ程に、東三条の大将殿〈○藤原兼家〉まいらせ給ふと人の申ければ、殿きかせ給ひて、としごろなからいよからずしてすぎつるに、今はかぎりになりたると聞て、とぶらひにおはするにこそはとて、おまへなるくるしきものとりやり、おとのごもりたる所、ひきつくろひなどして、いれたてまつらんとてまち給ふに、はやくすぎてうちへまいらせ給ひぬと人の申に、いとあさましく心うくて、おまへに候人々も、おこがましくおもふらん、おはしたらば関白などゆづることなど申さんとこそ思ひつるに、かゝればこそ、としごろなからひよからですぎつれ、あさましくやすからぬ事なりとて、かぎりのさまにてふし給へる人の、かきおこせとのたまへば、〈○中略〉うちへまいらせ給ひて、陣のうちはきんだちにかゝりて、たきぐちのちんのかたより、御前へまいらせ給ひて、こうめいちのざうしのもとに、さしいでさせ給へるに、ひの御ざに東三条大将、御前にさぶらいたまふほどなりけり、この大将殿は、堀川殿すでにうせさせ給ひぬときかせ給ひて、うちに関白の事申さんと思ひ給ひて、この殿の門おとおりて、まいりて申たてまつる程に、ほり川殿のめおつゝらかにさしいで給へるに、みかども大将もいとあさましくおぼしめす、大将はうち見るまゝに、たちておにのまのかたにおはしぬ、関白殿御まへについゝ給ひて、御けしきいとあしくて、さいごの除目おこなひにまいり給へるなりとて、蔵人頭めして、関白には頼忠のおとゞ、東三条殿おとゞおとりて、小一条のなりときの中納言お大将になしきこゆる宣旨くだして、東三条殿おば治部卿になし聞えて、いでさせ給ひて、ほどなくうせ給ひしそかし、