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比売鑑
述言四
貞心おまもる事、女のつねの道ぞとは、大やうたれもふみしる事といへども、つゆ心にかゝる事なきまでに、一生まもりなす事はいとやすからぬわざなるべし、白薬天が詩に、君が一日の恩のために、妾が百年の身おあやまると作り、女論語のことば、一行失あれば、百行なる事なしといへり、へだてゝもへだつべく、つゝしみてもつゝしむべきは、男女のあひだ、嫌疑のさかひなるべし、忠臣は二君につかへず、列女は二夫おへずとは、〈○中略〉忠義の臣は二人の君につかへず、貞烈の女は二人の夫おへて嫁せず、貞女両夫にまみへずといふもおなじ心なり頁はみさほのさだかなるお雲、烈は心ざしのはげしきお雲、それ人はことなくてある時は、その心見えがたし、災難のきは生死のさかひにこそ、よきはよく、あしきはみしき心ざし、そのかくれなき物なれ、〈○中略〉忠臣貞女のみさほはいかなるうきふしおへても、たとひ身おすつるにのぞみても、人はともあれかし、われひとりは、露たがへじとおもひとりて、ふた心なき物なり、