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平家物語

小宰相
えちぜんの三位みちもりの卿の侍に、はんだたき口時かずといふ者有、いそぎ北の方〈○小宰相〉の御舟に参て申けるは、君はけさみなと河の下にて、かたき七きが中に取こめ参らせて、ついにうたれさせ給ひて候ぬ〈○中略〉と申ければ、北の方、とかくの返事にもおよび給はず、引かづいてぞふし給、〈○中略〉かくと聞給ひし七日の日のくれ程より、十三日の夜まではおきもあがり給はず、あくれば十四日、八島へおし渡る、よひうちすぐるまではふし給ひたりけるが、〈○中略〉北の方やはら舟ばたへおき出給ひて、まん〳〵たるかいしやうなれば、いづちお西とはしらね共、月の入さの山のはお、そなたのそらとや思しけん、しづかに念仏し給、〈○中略〉南無ととなふるこえ共に、うみにぞしづみ給ひける、〈○中略〉昔よりおとこにおくるゝたぐひおほしといへ共、さまおかへるはつねのならひ、身おなぐるまでは有がたきためし也、されば忠臣は二君に仕へず、貞女は二夫、にまみへず共、かやうの事おや申べき、