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陰徳太平記

香川已斐討死之事熊谷元直が室女は、元直討死と聞て、熊谷程の者の討死したりとて、骸お孝養せざる事やある、死骸お取帰らざる事、桐原細迫が不覚也とて、落る涙の隙より、大に憤られけるが、夜に紛れ、唯一人忍で、有田の戦場へ赴き、元直は、腕に腫物の瘢有しお標験に、死人共お、一々に探り廻られけるに、夫婦の契不浅して、頓て元直の死骸に探り当り、是こそ妻よと雲もあへず、抱付て伏辷、声おばかりに泣叫ばれけり、斯て可在非れば、彼死体お抱て帰ん事は、女の身なれば不任心、責て是お形見にとて、腕お押切て、懐にして帰られけるが、命の限りは、身お不放持れたり、