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窻の須佐美追加

浪花の富人の子小四郎とて、わか者有、娼妓と相なれ、終に買得てかくれたる所におきて、行かよひ妻としけり、父是お聞て大にいかり、かゝる事なす者、行末許がたしとて、追出しければ、かたへなる小家お借りて、夫婦在けるが、賤きわざは馴ざれば、しばしの中に衰て朝夕の烟も絶々になり行ければ、したしき友どちあはれがりて、いたはりけれど、それもかぎりなければ、力におよびがたく、如何せむといふうちに、一人の雲、かくては復潰に及びなん、此ごろ丹波の笹山なる富家に、女一人持たるが、養嗣お望者有、此かたへ往てんやとすゝむるに、小四郎は我身お立んとて、妻お流浪させん事、本意にあらず、思ひもよらずと雲、その妻物陰にて是おきゝ、立出て雲様、此日比わらは故、夫の漂泊ある事、かへす〴〵悲しく、夜の目もあはず居申なり、此ままにては、頓て路頭に立申べしと存候ところに、いまだ天道に捨られずして、かやうの事出来たる上はためらひなくそのかたへ御こし有てたび候へ、わらはが事は、少も御心に懸られまじ、存る旨候へば倒死ぬるやふにも候まじ、此ところお失れば、後に悔てもかひ有まじがへす〴〵このはかりごと、とゝのふやふにといさめけるが、其夜ひそかにのがれ出て、本の青楼に行て此由お雲、もとの如く身お売、その趣お文に認め、その価お旅粧の料にこしければ、此上はとて、丹波へ往て養はれ、一年あまりも居けり、明けの年に及て、婚礼もすべきになりぬれば、さすがこゝろよからざりしにや、且は養母のいたましくやすからぬよしにて、暇こひて浪花にかへりぬ、人がらもいやしからず、常の行跡もそゞうならざるよしにて、皆人おしみあへりしとぞ、かくて旧友どもうちよりて、父にこひけるは、わかげにてそゞうなる事有べけれども、本の人がらはまめやかにあれば、ゆるしやられよと雲けるに、元より外に子はなし、恋しくおもふおりからなれば、此たびはやすくうけてよびかへし、殊によろこびあへりければ、おりおえて友人ども、さきに妻の心おつくし、こたび身おうりて、夫おしたてたる事ども語出て、又妻としたらば、よかりなんと雲に、父も其誠なる志お感じて、ゆるしければ、青楼に通じて、其よしお雲、再請出すべき代などの事談じけるに、主人雲けるは、此子は始より人がら殊にすぐれて、外の者のさほうお正しくする為に、前にもおしみながら進しき、此たび参候ても、取あつかひよく、おのづから家も繁昌して悦しゆへ、縁につけつかはし可申と存候ところの間、代金などの沙汰にはなく候とて、さま〴〵にはなむけてこしけるとぞ、女の嫉妬なるは、古今の情なるに、身お捨て夫おたてんとしたるこゝろ、誠に浅からずこそ、