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閑田耕筆

丹波桑田郡小林村とて、亀山ちかきに、木匠某が妻長といへる有、夫婦が中に女子二人ありて、いまだ幼きほど、夫は江戸大火後、造作多きおたのみて下りしが、終にかしこにて妻おまうけ、音信もせざるに、妻は操お守りて、二人の女子お養育して、縫針洗濯の賃業おして、貧き世お堪忍びぬ、さて夫の愛せし桜一樹、庭外にあるお形見と守り、夫に仕ふる心地に、木のもとお清め枝おいたはり、仮初にも人に折することなし、かくすること二十年許、樹はます〳〵栄へ、二女も生長して、それ〴〵に身も納りぬ、かくて此婦身まかりける後、桜忽に萎み衰へたり、よりて心ある人は、呼て操桜と称す、