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続近世奇人伝

浪華鶴女
鶴女は浪花戦場鉄や吉左衛門が妻なり、十四にして嫁し、良人によく仕へ舅に孝あり、十六歳の春一男子お産しが、其年不幸にして良人吉左衛門病死す、其忌もみちぬれば親族集ひて、今男子ありといへども、まだ当歳なり婿お撰みて鶴女に配んとて、しか〴〵かたらひければ、鶴女涙お流し、吾若しといへども、両夫にまみえざるの教おきけり、はた良人の忘がたみに、男子さへあれば、我心の及ぶほどは、あるじに代りて舅に仕へ、此子おも養育せばやと語に、人々感じあへり、かくて舅に仕ふること、良人生存の日よりも厚く、召つかふものにも情深ければ、皆其徳に伏しけり、さて年もかはり一周のいとなみも過しかば、先の人々、去るものは日々に疎しといふ諺おや思ひけん、又つどひて、今はかく家事も整ひぬるものから、まだ齢のわかければ、行末覚束なし、唯まげて吾々が言にしたがひ給へといひけれど、鶴女なほさきのごとく誓ひていなみければ、せんすべなく止みぬ、かくしつゝ天明のとし此鶴女不起の病にかゝり、死に臨むころ、人々枕べによりて、おもふことあらば、残なくのたまひ置ねといふに、さらに言置べきことなし、唯老人に先だつこと、今生のうらみなれど、是も命なればせんかたなし、此うへおもふことには、死して後棺に収るまでは、僧たりとも男子の手にふれしめたまふな、入棺の後は世の作法もあれば、例にまかせられよといひ終て死す、享年二十七歳とぞ、