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春鑑抄

夫人と雲ものは、天より性おうみつくるに、その牲に仁義礼智の四徳の、そなはらぬものはなひぞ、性とは、たとへば水はしたへながるヽ性あり、火はほのほのうへ へあがる牲あるが如きぞ、さるほどに人の性には、慈愛惻怛のこヽろあるお仁と雲ぞ、慈愛とは慈悲にして、愛敬ありて人おあはれむお雲ぞ、惻怛とはいたみいたむとよむぞ、人のあしきことお、わがこヽろにいたみいたんで、たすけすくふぞ、これは天理のまヽにして、白然のことはりぞ、孟子に惻隠之心、仁之端也と雲も、このことぞ、〈○中略〉仁者と雲ものはじのごとくに人のうへのうきおみては、たすけひではとおもひ、災難にあふおみては、救はんと思ふぞ、不仁者と雲ても、この性はあれども、人欲の私にひきそこなはれて、仁の心お失ひ、不仁になるぞ、さるほどに仁と雲は、まづ人おあはれむこヽろあるお雲ぞ、されば唐の韓退之が、博愛謂之仁と雲へるは、ひろく衆お愛するお仁と雲ぞ、宋の朱文公は、仁者心之徳、愛之理也と雲ぞ、仁と雲ものは、本心の全徳にして、人お愛する理也と雲る心ぞ、孟子は、仁八之心也と雲るお、程子が註に、心譬如穀種、生之性則是仁なりと雲たぞ、〈○中略〉中庸に仁者人也と雲は、仁字は人と雲字の心ぞ、いふこヽろは、人の人たるは仁の道あるお以て雲ぞ、仁の道ありて、しかふしてのちに人と名くるぞ、仁なくんば人とは雲べからず、かるがゆへに仁者人也と雲る心ぞ、〈○下略〉