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五常訓


人の禽獣にことなるは、仁あるお以てなり、五常五倫、百行万善、皆仁よりいづ、故に仁の理、至りて尊く、至りて大なり、わがともがら凡愚のしりがたきことなれば、たやすくいはんこと、いとかたはらいたくこそきこゆべけれ、〈○中略〉中庸に曰、仁者人也、親親為大、孟子も亦曰、仁也者人也、又曰、仁人之心也と、言ふ意は、天地の恵み大にして、よく万物お生じ給ふ、其の理お生理と雲ふ、生理とは天理の生々して、よく物お生ずるお雲ふ、此の生理お人の身に生れつきたる故に、人の身に恵みの心、胸中にみち〳〵て、よく物おあはれむ、是お以て人の身、即是仁なり、故に仁者人也と説きたまへり、〈○中略〉周子は徳愛お仁と雲ふといへり、愛はあはれむなり、仁は心の徳にて、人おあはれむお雲ふ、愛お以て仁おとくは、是仁の大用おとけり、〈○中略〉程子は天地の生意お以て仁おとけり、生意とは、天地の理、生々して物お生ずる意お雲ふ、其の生意の人に生れつきたるお仁と雲ふ、天にありては生と雲ひ、又元と雲ふ、人にうけては仁と雲ふ、天にあり人にありて、其の名はかはれども、其の理は一なり、〈○中略〉朱子曰、仁心之徳、愛之理、心の徳とは、徳は得るなり、〈○中略〉愛の理とは、心の徳のいまだ外にあらはれざる内に、おのづから物おあはれむ理おふくめるお雲、〈○中略〉心之徳愛之理の六字、朱子はじめて発明せる所、後の学着に功あり、是周子の徳愛お曰仁に本づけり、或曰、愛之理は発用おさせりと、此の説非也、朱子日、愛之理者、是乃指其体性而言、此の説の証とすべし、愛は用なれども、愛の理は内にふくめるお以ていへば、いらはれたる用に非ず、朱子又日、仁は温和慈愛の道理、喞中朱子の此の二説にて、仁の字義大むねそなはれり、