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平家物語

紅葉の事
またあんげんの比ほひ、御かたたがひの行幸の有しに、〈○中略〉やゝえんかうにおよんで、程とおー人のさけぶこえしけり、ぐぶの人にはきゝも付られず、主上はきこしめして、たゞ今さけぶは何ものぞ、あれ見てまいれとおほせければ、うへぶししたる殿上人、上日の者におほせてたづぬれば、あるつじにあやしの女のわらはの、なかもちのふたさげたるが、なくにてぞ有ける、いかにととへば、主の女房の院の御所にさぶらはせ給ふが、この程やう〳〵にして、したてられたりつるきぬおもつてまいる程に、たゞ今おとこの二三人まうできて、うばひ取てまかりぬるぞや、今は御しやうそくが有ばこそ、御しよにもさぶらはせ給はめ、又はか〳〵しう立やどらせ給ふべき、したしき御かたもましまさず、是お思ひつゞくるになく也とそ雲ける、さてかの女のわらはおぐしてまいり、このよし、そうもんしたりければ、主上きこしめして、あなむざん、恂ものゝしわざにか有らんとて、れうがんより御なみだおながさせ給ふぞかたじけなき、〈○中略〉さるにてもとられつらん衣は、何色ぞとおほせければ、しか〳〵の色とそうす、けんれいもんいんその時は、いまだ中宮にてわたらせ給ふ時なり、その御かたへ、さやうの色したる御衣や候と、御たづね有ければ、さきのより遥に色うつくしきが参りたるお、件のめのわらはにぞ給ばせける、いまだ夜ふかし、又さるめにもぞあふとて、上日の者おあまた付て、主の女ばうの局までおくらせまし〳〵けるぞ忝き、