[p.1153]
太平記
二十六
正行参吉野事
安部野の合戦は霜月〈○正平三年〉廿六日の事なれば、渡辺の、橋よりせき落されて、流るヽ兵五百余人無甲斐命お、楠○正行に被助て、河よじ被引上たれ共、秋霜肉お破り、暁の氷膚に結て、可生共不見けるお、楠有情者也ければ、小袖お脱替させて、身お暖め、薬お与へて疵お令療、如此四五日皆労りて、馬に乗る者には馬お引、物具失へる人には、物具おきせて、色代してぞ送りける、なれば作敵、其情お感ずる人は、今日より後、心お通ん事お思ひ、其恩お報ぜんとする人は、軈て彼手に属して後、四条縄手の合戦に、討死おぞしける、