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十訓抄

大納言行成卿いまだ殿上人にておはしける時、実方中将いかなる憤か有けむ、殿上に集会ていふ事もなく、行成の冠お打落て小庭になげすてゝけり、行成少もさはがずして、とのもり司おめして冠取て参れとて、冠してまほり刀よりかうがい貫取て、びんかいつくろひて、居直りて、いかなる事にて候やらん、忽にかう程の乱冠に預るべき事こそ覚え侍らね、その故お承りて後の事にや侍るべからんと、ことうるはしくいはれけり、実方はしらけてにげにけり、折しもはじとみより主上御覧じて、行成はいみじき者也、かくおとなしき心あらむとこそ思はざりしかとて、其たび蔵人頭あきたりけるに、多の人お越てなされにけり、