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水谷蟠竜記
常陸国久下田の城主水谷蟠竜、〈○中略〉同〈○天文〉廿一の年、台所に火事出来、危く焼んとする所お、家中走り著消す、是に依て城の東薮の中に、五間に蔵お立、二間は番所に用、三間の内に先祖代々功名の感状数通、同じく所領加増の書付等お始として、総じて家の倍高の道具、其外高直の諸道具お籠おく、然して根岸兵庫、河上勘解由両人お頭として、足軽廿人申付、昼夜番おいたさしむ、殊に番所に火お用る事堅禁制す、然ば彼番頭両人談合には、此番所は人の通はぬ地なれば、好き博奕打所ぞといひ、忍び〳〵に相手お誘ひ、昼夜共にうつ、其時打労れ、殊に酒に酔臥、其隙に火鉢より火事起る、彼者共、火事よ〳〵と呼て則逃る、家中かけ著、取出すといへども、十の物一つも出さず、大形焼失す、家老共、彼頭両人尋出し、死罪に行ふべきよし申上れば、蟠竜仰けるは、寳おやき損ずる上に、大事の譜代二人殺す事は、重々の費也、〈○中略〉心こそあほうなりとも億病には有まじ、万一の用に立は譜代也、夫々はやく召返せと被仰付候也、