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銀台遺事

一ある日台命の御使あるべきにて、〈○細川重賢〉疾より礼服かひつくろひて客殿に出て待居給ひけるに、やゝ時刻うつりければ、こつけ参るべきよし宣ひ、いそぎ奥の方へ入らせらるゝに、村松長右衛門といへる近士のもの、こつけ持て参る迚、はたとゆきあひ奉り、御胸のあたりより、こつけお、したゝかにうち掛たり、其折しも、上使隻今なりと告ければ、周章て、御衣召替て、出向ひたまふ、〈○中略〉程なく上使の門送りして、帰り給ふやいなや、長右衛門お召す、おそれ〳〵御前に参りければ、よかりつるぞ、間に合たり〳〵、偖もあやふき事なりし、いそがしきは、かゝる事もあるものぞ、くやしくなおもひそと宣ひ、御気しき常に替らせ給はざりき、