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窻の須佐美

島津修理大夫義久朝臣、老後竜伯〈三位法印〉といふ、弟の兵庫頭義弘、〈薩摩宰相惟新入道〉ある時まおされけるは、近年兵乱しづまり事なく候故、いつとなく若ものども、ゆるむ心出来て、作法に背く事どもの候、厳に正し候はゞ、よく候半とありしに、竜伯の雲く、猶の事なり、我もさ思へう、但目付のなきお如何せん、誰かしからんと有し、義弘思ひより候はず、隻君の御目きゝ然るべしと答へられし時、さる事なり、向後われ目付とならんと思へり、御身は副役と心得られよ、但其心得如何にと思はるゝぞ、家中のものに、恐れられんと思ひては、却て害の出来ぬるもの也、主より礼義厚く、自然辱さに感じて、恥るやうにありたきものにこそと有しかば、義弘詞なく、汗衣おひたして、出られしとかや、