[p.1175][p.1176]
仮名世説
盤渓禅師、播磨にて結制の時、僧徒数百人来り集り居たりしに、其中賊僧ありて、誰も銀子お失ひし、何がしも衣服お盗まれしなど、毎日紛失ものありて、人々疑ひあひて難義に及びしが、後には賊おなせる僧、大抵にしれければ、衆僧一統に禅師に申して、賊僧お追放せんとねがひけるに、禅師聞き届けて、其まゝに捨て置れしかば、数日の後、衆僧又此事お禅師に訴ふ、禅師猶その儘にさしおかれし、かくのごときの事、三四度に及びて、猶そのまゝに成りければ、衆僧大に腹お立て、もし賊僧お追ひ払ふ事ならずんば、衆僧一人も残らず、退散すべしといひしに、禅師笑ひて、退散したくば勝手たるべし、悟道善行の僧は教ふるに及ばず、此結制も左やうなる惡心の者お教へさとさんためなれば、惡僧なればとて、みだりに追放すべからずといはれしにぞ、衆僧大きに感服しぬ、かの賊僧もこれお伝へ聞きて、深く感悟し座中に出でゝ賊おせし事どもおみづからざんげして、前非おあらため、徳行堅固の僧となりきとそ、