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孝義錄
二十一/陸奥
奇特者権内
若松の城下一の町にて、権内といへるは、細物とて、絹、つむぎ、麻布、木綿の類、商ふ者なり、家ゆたかなれど、常に倹素お専らとし、若き頃より先祖の祭に礼おつくし、家の業怠らず、あまたもたる子おはじめとして、下づかへの男女にいたるまで、こま〴〵と教へみちびき、親族に睦しく、はやくより貧しき者、たよりなき者お賑はせる事数ありき、ちまたに遊びいるおさな子の、時ならず薄著したるあれば、家おたづねて、おのが子の料お遣し、今なん飢に及ぶなどきけば、相しれるもしらざるも、必米、塩、味噌やうの物、人づておもとめて贈りぬ、医の道おも心がけしり、おのづから人もしりて、薬おこふものあれば、念ごろにあはせとゝのへて、功ある事多かりき、又貧しきものゝ重くやみて、人参ならでは治すべきともみえざるは、其価の貴きにおそれん事おおもひ、いつも其人にはいはで、そと己が貯へたるお加へてぞあたへける、あきなひの道にも、みだりなる利お得んと思ふ事は、塵ばかりもあらず、人あまたつどひて物語するにも、善おすゝめ惡おこらし、慎にならん事おそのべける、もとより人の道まねび得たる程の力もあらねど、天性よき事お好みて、陰徳数々多かりき、