[p.1180]
近世奇人伝

室町宗甫
宗甫は京師室町四条街に何がしといへる豪商なりしが、男子二人倶に無頼なるがゆえに勘当す、然りし後、世中うるせくおぼえて、他の子お嗣として家おゆづるとも、此二人のわろもの来りまつはらば、心よからじとて、其家おはじめある所の調度ども皆売たてしに、弐万金になりぬ、おのれはかごかなる所にこもりて世の交もせず、彼金はまどしき、人に施す料とす、さればかうかうなる人、いと悲しきさまなるお、銭すこしあたへ給へなどいふ人あれば、いなわれもまどしと口にはいひて、ひそかに金五両つゝみて其家に投入、あるじ此人ならんと推して謝に来れば、いなわれにはあらずといふ、不意に人に与ふる金は、必五片に定む、もし又貧にして家お売人ありと聞ば、価高く買、損じたる所おつくろひて、うつり住かと見れば、やがて価賤売はなつ、常に陰徳お行ふこと此類にて、二万金残なくなりぬ、