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長門本平家物語
十四
根井小矢太は伊東九郎〈○祐清〉に組んでどうと落つ、伊東九郎おとて押へて首おかく、この伊東九郎は源氏に付くべかりけるが、平家へ参る事は、父伊東入道、〈○祐親〉兵衛佐〈○源頼朝〉お討たんと内々議しけるお、ひそかに佐殿に告げ奉りて、伊豆の御山へ逃したりしによて、奉公に兵衛佐殿坂東お討取て、鎌倉に居住の初、いとう入道日頃のあだのがれ難さに、自害してうせし時、九郎お召出して、女は奉公の者なりとて、御恩あるべきよし仰せられければ、九郎申けるは、誠に御志畏り入て存候へども、父の入道御かたきとなりてうせ候、又そめ子として世に候はんこと面目なくおぼえ候、昔父の入道君おい参らせんとし候し時、潜に告げ申て候じ事は、一切末に御恩お蒙らんと思ひよらず候き、はやく首お召さるべく候、然らずばいとまお給て、京へまかりのぼり候て、平家に付き奉て、君お射奉るべしと申ければ、兵衛佐殿打ちうなづきて、奉公の者なれば、いかでか切べき、女一人ありともそれによるまじ、申所返々神妙也、早く平家につけとていとまおえさせつ、よて九郎平家に付き奉りて北陸道に下りて、ついにけふ討れぬるこそあはれなれ、