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明良洪範

松平阿波守忠英の家老増田豊後と雲者、主人お恨むる事有て、無実の事お工み、江戸へ訟へける、公儀の役人糺問有るに、阿波守には罪無き事なれども、憚りて閉門して慎み居ける節、有合せの金銀尽き、諸用に差支へけれど、遠国故取に遣はすとも、早急の間に合ず、又人の疑ひも如何有んと、掛りの者甚心配し、拠無く井伊掃部頭直孝の許へ、内々使者お以借りに遣はしけるに、家老中同心せず、公儀へ対して憚り有れば、貸す事ならじと雲、岡本半助雲、人の急お救ふは義也、若後難お恐れて急お救ずんば信義お失へるならん、是井伊家の恥に非ず乎と雲、家老中然らば其事主人へ達せんと雲、岡本達せんは然るべからず、貸して後逆に党せりと、公儀より御咎めお蒙らん時は、主人は一向存ぜず、某一人の計ひ也とて切腹すべし、又貸して後急お救ひしとて、御誉に預りし時は、主人の計ひに致さんとて、倉お開て千金お出し貸遣はしける、後に直孝是お聞て、甚感心せりと也、