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続近世奇人伝

近江長女
長女は近江蒲生郡古市子村福永某が後妻也、先腹の子二人有、長女が産るは十余人あり、さるに先腹の子おいつくしむこと、わが産るに十倍す、見る人感せざるはなし、しかもなほわが子あまたあれば、先腹の子の疎にならんことおおそれて、男子は七八歳におよべば、父お勧めて出家せしむ、女子はこと〴〵く京へのぼせ、人の婢女となす、かゝれば先腹の子ど右ゝ、其慈愛にひかれて至孝なり、兄は家お嗣、妹は彼実子の京に出し義理おおもひ、吾も京へ出んといふお免さず、しひて隣村へ嫁せしむ、さればふかく其恩お感じ、継母の生涯起居おとふこと怠る時なし、長女後髪おおろしけるが、彼出家の子ども、某々の寺の住職となりしもの、折々に呼迎ふれども、実子の愛にひかれて、先腹の子のかたに居らずといはれんはうるさしとて、あへて省みず、其賢なる名遠近に聞えて、人たとみけるが、安永六戌のとし、老せまりて身まかりぬとぞ、