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閑散余錄
附錄
或人の話にいふ、先生〈○貝原益軒〉諸国お巡り、帰国の海路にて、同船数輩、各姓名おとひきくにも及ばず、何となき物語どもおして、日お重子しに、其中一人の若き男人々に対して、経書お講ず、先生例の恭々しく黙してこれお聴て、一言是非お論ぜず、著岸して、各はじめて其郷里お明し、再会お契て別るヽに臨み、先生も、吾は貝原久兵衛と申者也と、名のらるヽお聞て、彼の若き男、大きに恥おそれて、速ににげさりしとなん、伝には見えざれ共、其為人の一端おみるべし、