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春鑑抄

智とは増韻に心有所知也と雲て、智者と雲ものは、心によろづのことおしるぞ、説文に智者有言、故於文白知為智と雲は、智者と雲ものは、よろづのことお知るほどに、よくものお雲て、弁舌がきくぞ、故に字にも知白とかくぞ、白はまふすとよむぞ、智者は聡明〓智と雲て、目にみることもかしこくて、ちやつと、ものヽよしあしおみてとるぞ、耳にきくこともかしこくて、ちやつとものヽよしあしおみてとるぞ、さるほどにあきらかにしり、洞に達して理にくらきことなきぞ、まへにいヽたる仁の道も、義の道も、礼の道毛よくしりわけて、それ〳〵に行ふが智者ぞ、智にあらずんば、いかにとして仁義礼の道おしらんや、智あるによりて、仁義の道おしりて、是非善惡お分明に分つぞ、故に孟子是非之心、智之端也と雲ぞ、是とはその善なることおしりて、これお是とす、是はよひと雲心ぞ、非とはわるひと雲心ぞ、さるほどに是非之心、智之端也と雲ぞ、孔子も智者不惑と雲れたぞ、物の理非お分明に分て、是は理也、是は非なりとしること、かヾみの妍醜お弁ずるがごとくなるほどに、物に迷ふ事がなひぞ、かヾみがあきらかなれば、人の形のかほよきと、智恵のひかりお以て、ものおてらして、当理不擾、達事無滞ぞ、人欲の私にひかれて、一点も私欲なく、ば、智も明かにならんぞ、智者楽水と雲て、智者と雲ものは、智慧おめぐらして、世お治ること、さつさと水の流てやまざるが如し、故に水おたのしむぞ、また智者動と雲るは、智者と雲ものは明徹にして、万事の理によく達して、気転がまはるほどに、一方むきになく、ちやつちやつと事の変に応ずるほどに動と雲ぞ、〈○下略〉