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常山紀談
十七
紀州は浅野長盛の領地なれば、橋本山の百姓に、真田大坂に行事あらん、おしとめよと下知せられしかば、用心きびしうしたりけり、信仍〈○真田〉橋本山の百姓数百人お九度山にまねき、かり家あまた設けて、酒宴してもてなし、上戸下戸おいはずしひたりしほどに、酔伏て前後もしらず、其時百姓の乗来し馬に、いろ〳〵の物取付、百人計打立ちて、紀伊川お渉り、橋本山より木のめ路にかゝり、大坂にぞ行たりける、道々にて、百姓はみな九度山にゆきぬ、残りし女わらべども、信仍が鎗眉尖刀の鞘おはづし、鉄炮に火なはおはさみ、もし押止る者あらば、忽討殺すべき体お見て、せんかたなし、九度山に酔伏たる者ども、夜明て見れば真田はなし、いかにと問ば、昨日しか〴〵の有様にて、河内路に赴きたりといふ、欺れしと悔めども力及ばず、