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鳩巣小説

一大猶院様〈○徳川冢光〉御時、日光御再興仰付られ候て、結構お尽し、就中御宝塔のこと御僉議有之候、是は御棺の上に覆ひ申候塔にて候、大事のものに候ゆへ、万代までもつヾき候やうに、丈夫に仰付られ度との義にて、或は黒金にて仰付らるべきや、但し石にて仰付られたるが久しくつヾき申べきやと、其時分松平伊豆守信綱殿おはじめ、智のふかき衆せんぎにて候、其時島田幽也と申て、島田出雲守隠居にて居申され候、是も最前町奉行いたされ候て、智恵袋と人々申候て、智のふかきこと隠れなき人にて候、夫ゆへ幽也お呼び候て、分別承り候へとの上意に付、幽也御次まで出申され候、大猶院様には御障子一重お隔て、いかヾ申候と御耳おそばだて、いづれも老中御宝塔の義如何仰付られ候て、久敷続き申べきやと尋子申候とき、幽也申され候は、何の義もこれなく候、豊国の社頭修理仰付られ候はヾ、当家の御宝塔いつまでも堅固につヾき申べく候、此外の義は存ぜず候由申され候て立申され候、夫より御宝塔御僉議相止み申候、流石の伊豆守殿も、我お折り申され候よしに候、