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藩翰譜
五/板倉
完文五年正月二日の夜、雷大坂の城に落かゝつて、五重の居楼悉く焼け失せぬ、思ひもよらぬ事なれば、城中城外以の外に周章し、火救はんとて内に入らんとするに、城中の女童は、外に逃げ出んと互ひに門々お争ひ、出やらざれば入事もえならず、こゝに重矩〈○板倉〉が守る処、京橋の口は、城門の外お去る事数十歩、忽ちに柵お結ぶ、柵の中又門お開けり、兵門々お守りて、甲乙人の乱入お禁ず、かねて又此辺りなる所領の民に下知して、若し城中に火あらん時は、是お持ち来りて、其偶おあはせて、郎従等が妻子お引つれて行けとて、蛤の貝の半は民に与ふ、其貝の内に郎従の名おしるす、半は郎従に与て、彼民の名お貝のうちにしるし配分す、此夜かの民共が馳せ来り馳せ来り、符お合せて、郎従等が妻子お尽くいて行きし程に、郎従等身のほだしなければ、一筋に城の守りお堅くし、静まりかへつて昔もせず、かゝる備へいくらもありて、世の美談となりぬ、