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有徳院殿御実紀附錄

世家の元老お重んぜらるゝみこゝろとり〴〵なりし中にも、信篤とし老て、しば〳〵召お蒙り、時めくありさまおにくめるにや、ある時、近習の人々、御前にて物語しける次でに、一人申けるは、このほどある人、信篤に中の字お書て尋ねしに、しらずと申したり、さらばとて細井次郎大夫知慎に問しに、これは衆字の省画にして、もろこしにて俗用する字なりと答へたり、知慎の博物、信篤が及ぶ所ならずと、世に申しはやすなりといふお聞せ玉ひ、いやとよ、左にあらず、信篤が学は、よき衣服お商ふ人のごとし、常に錦繡のたぐひのみ見なれたれば、木綿紬のごときものには、目もつかざるべし省文の俗字おしらずとて、笑ふべきにあらずと仰あり、これより近臣等、信篤お誹るものなかりしとなむ、