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枕草子

村上の御時、せんようでんの女御〈○村上女御藤原芳子〉ときこえけるは、小一条の左大臣殿〈○藤原師尹〉の御むすめにおはしましければ、たれかはしりきこえざらん、まだひめぎみにおはしける時、一には御手おならひ給へ、つぎにはきんの御ことお、ちゝおとゞのおしへ聞えさせ給ひけるは、いかで人にひきまさんとおぼせ、さて古今のうた二十巻おみなうかべさせ給はんお、御がくもんにはせさせ給へとなん聞えさせ給ひけると、きこしめしおかせ給ひて、御物いみなりける日、古今おかくしてもてわたらせ給ひて、例ならず御きちやうおひきたてさせたまひければ、女御あやしとおぼしけるに、御さうしおひろげさせたまひて、そのと、し其月なにのおり、その人のよみたるうたはいかにととひきこえさせ給ふにかうなりと心得させ給ふもおかしきものゝ、ひがおぼえもしわすれたるなどもあらば、いみじかるべきことゝ、わりなくおぼしみだれぬべし、そのかたおぼめがしからぬ、人二三人ばかりめしいでゝ、ごいしして、かずおおかせ給はんとて、きこえさせ給ひけんほど、いかにめでたくおかしかりけん、御前にさぶらひけん人さへこそうらやましけれ、せめて申させ給ひければさかしうやがてすえまでなどはあらねど、すべてつゆたがふ事なかりけりいかでなおすこしおぼめかしくひがこと見付ておやまんと、ねたきまでおぼしける十巻にもなりぬ、さらにふようなりけりとて、御さうしにけうさんして、みとのごもりぬるもいとめでたしかし、いと久しうありて、おきさせ給へるに、なおこのことさうなくてやまんいとわろかるべしとて、下の十巻お、あすにもならば、ことおもぞ見給ひあはするとて、こよひさだめんと、おほとなぶらちかくまいりて、夜ふくるまでなんよませ給ひける、されどついにまけきこえさせ給はずなりにけり、うへわたらせ給ふてのち、かかることなんと、人々殿に申たてまつりければ、いみじうおぼしさはぎて、御ずきやうなどあまたせさせ給ふて、そなたにむかひてなんねんじくらさせ給ひけるも、すき〴〵しくあはれなることなりなど、かたり出させたまふ、〈○一条后藤原安子〉うへ〈○一条〉もきこしめえて、めでさせ給ひ、いかでさおほくよませ給ひけん、我は三まき四まきだにも、えよみはてじとおほせらる、〈○又見大鏡、栄花物語、〉