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日本教育史資料
三/旧米沢藩学校
平洲の書〈○中略〉
一御国〈○羽前〉にて、学問所お御造立被遊候御本意は、御先祖様よりの風俗お失ひ不申、万人安堵仕候様に被遊度と申処極意にて、人お利口発明に被遊と申処にては無御座候、元来米沢之旧風、質実篤行にて、諸家に勝り候事多く御座候、作併太平二百年之恩化、次第に奢靡逸楽に移り候処お御気之毒に被思召候故に、学問と申事お、第一に御引立被遊候事に御座候、学問お不仕候ては、人々我見我意のみにつのり候て、上之御仁徳と申所お思ひめぐらし申事無之故に、其おもひめぐらし候心持の、生じ候様にと被思召候故に御座候、左候得ば、米沢之学風は、先第一、人情の質実に相成、浮行虚飾の無之様に被遊度御儀と奉存候、但し学問お致候と申日には、四書五経およみ習ひ、夫より其義理おそろ〳〵弁へ候て、少し宛にても、身に行ひ慣ひ申事に御座候、但し書物およみ習ひ候得ば、自然と昔し昔しの事も相知れ、人の知らぬ道理もそろ〳〵合点参り、善悪邪正も弁別仕候様に相成候得ば、凡人には勝れ、知慮も開き、口もきかれ、人にも見こなし不被申様相成候事、勿論に御座候、〈○中略〉
一師長の人お教へ候事は、他国はともあれかくもあれ、米沢の御為めになる様にと申処、肝要と奉存候、他家他国のまねおするなと、御定め被置候事は、御先祖の深き思召と奉存候、但し他所他国之風お学ぶなと被仰置候得者とて、よそ国の善事おするなと申事には有之間敷候、余所の風お致し候て、御国の人情にあわぬ事はするなと申事に可有御座候、〈○中略〉
一御学問所お御立て被遊候本意は、米沢の人俗、質実お失ひ不申、浮虚にならぬようにと申所、肝要に御座候、大夫は大夫の道お守り、士は士の職お守り、上下貴賤一同に、米沢よりよき国は無之と存候様に致度候、他所他国への吹聴は、不埒の政務なく、不埒の罪民なき様にと聞へ候はば、無上之御義と奉存候、百石は百石之入用、千石は千石の入用、大きく申せば、国土は十万石は十万石、十五万石は十五万石、其上の事は不致事、扠ならぬ事に御座候、〈○中略〉
四月廿八日 紀徳民稽首再拝
餐霞館御近侍下執事