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今昔物語
二十四
高陽親王造人形立田中語第二
今昔、高陽親王と申す人御けり、此は天皇の御子也、極たる物の上手の細工になむ有ける、京極寺と雲ふ寺有り、其寺は此親王の起給へる寺也、其寺の前の河原に有る田は此寺の領也、而るに天下早魃しける年、万の所の田皆焼失ぬと喤しるに、増て此の田は賀茂川の水お人れて作る田なれば、其河の水絶にければ、庭の様に成て苗も皆赤みぬべし、而るに高陽親王此お構給ける様、長け四尺許なる童の、左右の手に器お捧て立てる形お造て、此田の中に立て、人其童の持たる器に水お入るれば、盛受ては即ち顔に流懸々々すれば、此お興じて聞継つヽ、京中の人市お成して集て、水お器に入れて見興じ、哩る事無限し、如此為る聞に、其水自然ら干田に水多く満ぬ、其時に童お取隠しつ、亦水乾きぬれば重お取出して、田の中に立てつ、然れば亦前の如く人集て、水お入る、程に田に水満ぬ、如此して其田露不焼してなむ止にける、此極き構へ也、此も御子の極たる物の上手、風流の至る所也とぞ、人読けるとなむ、語り伝へたるとや、