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筆のすさび

一機巧 備前岡山の表具師幸吉といふもの、一鳩おとらへて其の身の軽重羽翼の長短お計り、我が身のおもさおかけくらべて、自羽翼お製し、機お設けて、胸前にて操り、搏ちて飛行す、地より直に〓ることあたはず、屋上よりはうちていつ、ある夜郊外おかけり廻りて、一所野宴するお下し視て、もししれる人にやと近よりて見んとするに、地に近づけば風力よわくなりて、思はず落ちたりければ、その男女驚きさけびて、遁れはしりけるあとに、酒肴さはに残りたるお、幸吉あくまで飲みくひして、また飛びさらんとするに、地よりはたち〓りがたきゆえ、羽翼おおさめて歩して帰りける、後に此の事あらはれ、市尹の庁によび出だされ、人のせぬ事おするは、なぐさみといへども、一罪なりとて、両翼おとりあげ、その住める巷お追放せられて、他の巷につうしかへられける、一時の笑柄のみなりしかど、珍らしき事なればしるす、完政の前のことなり、