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五常訓

信信は説文曰、誠也、従人従言、会意、徐曰、於文、人言為信、言而不信、非為人也、信の字、人偏に言の字おかくは、六書においては会意に属す、偏傍の意お以て作りし字なり、いふ意は、人の言に誠あらざるは人にあらず、故に人の言は必信あるべしと雲ふ意なり、五常においては、心にまことあるお雲ふ、口にいつはりおいはざるも、其の内にあり、仁義礼智のいつはりなき真実なるお信と雲ふ、信なければ仁義礼智にあらず、仁義礼智四徳の外に、又信あるにあらず、親によくつかふるは孝なれど、名聞のためにつとめ、又親の寵愛おねがひてつとむるは孝にあらず、君によくつかふるは忠なれど、君の寵おねがひ、官禄おむさぼりて、奉公おつとむるは忠にあらず、是皆まことの道にあらず、忠孝にかぎらず、万事皆かくのごとし、中庸に不誠無物といへり、物なしとは偽りて実なきなり、おやにつかへ、君につかふるに、まことなくして、右にいへる如くなれば、忠孝にあらず、是物なきなり、万の事皆まことなければ物なし、凡名と利とお求めてすることは、たとひ天下にきこゆるほどの善なりとも、其の心真実ならざれば私とす、善にあらず、是物なきなり、四徳にまことなければ、仁義礼智にあらず、いつはりなり、是物なきなり、人の天より生れつきたる性は、隻仁義礼智の四徳なり、此の四徳にて人道行はる、此の故に孟子はたゞ仁義礼智おときて、信お説き給はず、程子曰、四端不言信者、既有誠心、為四端則信在其中矣、これお以て仁義礼智の外に信なきことおしるべし、