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太平記
十六
小山田太郎高家刈青麦事
義貞〈○新田〉西国の打手お承て、播磨に下著し給時、兵多して粳乏、若軍に法お置ずば、諸卒の狼藉不可絶とて、一粒お毛刈採、民屋の一おも追捕したらんずるものおば、速可被誅之由お、大札に書て、道の辻々にぞ被立ける、依之農民耕作お棄ず、商人売買お快しける処に、此高家〈○小山田〉敵陣の近隣に行て、青麦お打刈せて、乗鞍に負せてぞ帰ける、時の侍所長浜六郎左衛門尉是お見、直に高家お召寄、無力法下なれば、是お誅せんとす、義貞〈○中略〉使者お遣して被点撿ければ、馬物具爽に有て、食物の類は一粒も無りけり、使者帰て此由お申ければ、義貞大に恥(はぢし)める気色にて、高家が犯法事は、戦の為に罪お忘たるべし、何様士卒先じて疲たるは大将の恥也、勇士おば不可失、法おば勿乱事とて、田の主には小袖二重与て、高家には兵粮十石相副て、色代してぞ帰されける、