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常山紀談

紹運〈○高橋〉若き時、弥七郎といひし比、兄の鑑理、斎藤鎮実の妹お、弥七郎に妻せられよと約束せられけり、其砌豊前中国と軍有て、殊に騒しくて迎へ取ずして打過ぬ、其後弥七郎鎮実に対面の折から、兄が申かはせし如く迎取べきに、軍の最中にて斯は遅はり候、頓て迎へ申さんと語られしに、鎮実げに〳〵申かはせしは可忘も候はねど、其後妹は痘瘡お煩ひて、以ての外仁見ぐるしく成ぬ、中々かれが有様にて、見届らるべきにあらず、今にては参らせん事協ひがたしといひし時、弥七郎色おかへ、夫は存も寄ざる仰お承りぬるなり、斎藤家は先祖大友家にて、武勇たくましき弓取にておはすれば、兄にて候ものゝ迎へ申さんと約束しつる事に候、夫に辞退も候まじ、我は少も色お好む心に候はずとて、頓て婚礼あり、其腹に二人の男子出来にけり、