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氏郷記

秀吉公御成事
永岡越中守忠興より、蒲生家の重代、佐々木鐙お所望に参りし綿利八右衛門、隻似せの鐙お被遣候へかしと申ければ、氏郷、
なき名ぞと人には言て有なまし心の問ば如何こたへん、と雲古歌あれば、我心が恥かし、是は天下に一足の鐙にて、知る者はあるまじけれども、一度忠興へ遣したると雲ては、跡に有ても重宝ならずとて、佐々木鐙お被遣けり、忠興是家の重代の由お聞及ばれて、様々に返さんと有しかども、氏郷請取れず、去ども氏郷逝去の後、秀行幼少の砌に返されしとかや、