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藩翰譜
十一/本多
坂崎出羽守が、上お恨みまいらする事ありて、己が宿所に楯籠りし時に、執政の人々相議り、坂崎がおとなが許に奉書下して、女等が主、違犯の罪逃るべからず、女もし女が主の家絶えざらん事お思はゞ、女が主勧めて自害させよ、さあらんに於ては、女が主の世嗣立て給ふべき由お下知すべしと議定す、其時上野介〈○本多正純〉人々に向ひ、誠に彼のおとなが、主人に腹切らせたらんには、かの家立てさせ給ふべきやと問ふ、人々いかで謀反人の家は立て給ふべきやと答ふ、正純聞て、さらば此奉書下されん事然るべからず、かの不臣お罪せんが為に、又かの臣に不臣お勧め給ふ事、天下の下知に在るべき事とも覚えず、且は天下の政事は、信ならずんばあるべからず、隻速に軍勢お差向けて誅伐あるべきものなり、何ぞ苟くも、人臣の教とすべからざる事お陳べて偽お行ひ、天下の風俗お乱り給ふべきと雲ひしかど、衆議一決せしかば、さらば正純は連署協ふべからずとて、署お加へざりき、正純が他事は如何にもあれ、此一言は天下の名言なりといふべしやと、柳生但馬守宗矩常に感ぜられしなり、誠に此一言お以て見るに、此人の若き時より、大御所の御覚えよかりしも宜なるにや、又同職の人と其の間の不快なりしも推て知られ侍る、