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武芸小伝
六/刀術
宮本武蔵政名
中村守和曰、巌流、〈○佐佐木〉宮本武蔵と仕相の事、昔日老翁の物語お聞しは、既に其期日に及て、貴賤見物のため、舟島に渡海する事火し、巌流も舟場に至りて乗船す、巌流、渡守に告て曰、今日の渡海甚し、いかなる事か在、渡守日、君不知や、今日は巌流と雲兵法遣、宮本武蔵と舟島にて仕相あり、此故に見物せんとて、未明より渡海ひきもきらずと雲、巌流が曰、吾其巌流也、渡守驚さゝやひて曰、君巌流たらば、此船お他方につくべし、早く他州に去り給ふべし、君の術神のごとしといふ共、宮本が党甚多し、決して命お保ことあたはじ、巌流曰、女が雲ごとく、今日の仕相、吾生んことお欲せず、然といへ共、堅く仕相の事お約し、縦死とも、約おたがふる事は、勇士のせざる処也、吾必船島に死すべし、女わが魂お祭て、水おそゝぐべし、賤夫といへども、其志お感ずとて、懐中より鼻紙袋お取出して、渡守に与ふ、渡守涙お流して、其豪勇お感ず、