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続近世奇人伝

子松源八
子松源八時達は出雲の家士、射芸の師也、老て山心と号す、為人方正淳朴比類なし、若年の時、兄の過失に連坐せられて禄お離れ、国内大原郡に蟄居し、家貧なれば日雇して衣食お給す、その居宅の隣に農夫茄子お種ゆ、源八は菜お作る地なければ、これに就て茄子お買んとこふに、農夫たゞひとりめさんほどは、日々といへどもいくばくのことかあらん、たゞ我ものゝごとく取用い給へとて価おうけず、是より後、源八、茄子お喰んと思ふ時は往て取、価銭おその茎に結付て去、甫主所々に銭のかゝれるお見てあやしみ、此人の所為ならんと取集て、返ども固く辞してうけず、〈○中略〉凡人に詐はなしとして、魚菜お買にも価お下せといふことなし、我心に応ずれば買、応ぜざれば買ず、久して商人も是お伝へしりて、其家にては価お二つにすることなし、其家に使るゝ奴婢も、其風に化して質朴にして詐らねば、そこに使はれしものといへば、人争ひて召抱たり、