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常山紀談
十八
台徳院殿〈○徳川秀忠〉は、〈○中略〉信お失ひては、天下は保ちがたしと常に仰られ、御鷹狩に出給ふ時も、時お定められ、御膳の半にも、辰の鼓おうてば、箸お捨て出給ふ、近習の人、奉膳終らざれば、辰の太鼓おうたず、井伊直孝是お聞、近習の人々に向ひ、是君お愛すると、思へるは大なるひが事にてこそあれ、君正しき道お好みたまはゞ、漬たちも正しき道にて仕へられよかやうに事お料ら、れなば、必阿諛おなして、寵愛お好するにも及ぶべし、とく膳お奉りて、鼓の前に終りなんに、何の苦しきことやある、是等は誠に小事なれども、君お欺くともいふべし、君子は禍お未然に防ぐものなりと、戒められけり、