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伊勢平蔵家訓
倹約の事
一一生の間に金銀米銭おつかはずしてはならぬ事なり、其つかひやうに倹約といふ事お知らざれば、無益の費ありて、家貧になるなり、倹約といふは無益の費おいましめて、一銭おもみだりに出さず、益ある事には千金おも出すべし、無益の費おいましむるは、益あることにつかふべきが為也、無益とは朝夕の食物に、種々のうまき物お好み、衣服も美きお好み、家作も結構に作り、妻妾におごらせ、好色遊興お専とし、其外奢の為に金銀おつかふおいふ、益ある事といふは、主人に奉公の入用、公儀向の物入お初として、父母、兄弟、妻子への手あて、家来へのあてがひ、義理仁義の音信贈答、家作の修復、其外不慮の物入等の類おいふなり、如此無益と益あるとの二つお分別して、能つめゆるめおするお倹約といふ也、倹約といふ事おわろく心得れば、父母妻子家来までの喉口おもしめ、義理仁義おも闕き、礼義作法もかまはず、みだりに物入おかなしみ、金銀おつかはずしてしめこみ、無益の事はいふに及ばず、益ある事にも曾てつかはず、みだりに金銀おおしむ人あり、是は倹約といふものに非ず、吝嗇といふものにて、甚いやしき事なり、いやしきのみならず乱の基なり、小お以ていはゞ、家内の者にくみ疎み、いさかひ絶ず、大お以ていはゞ、天下の万民恨み背く、乱の本とは此事なり、又金銭お塵雉おはらひ捨る如くに、妄につかひ捨て、人にほこる人あり、是は奢侈といふものにて、是も又乱の基なり、金銀おしめこみて、つかはぬも又惡し、みだりにつかひ捨るも惡し、其中分お取て、つめゆるみお能程にするお倹約といふなり、