[p.0051][p.0052]
年成錄
雑議
仁恵の政お行はんとならば、まづ倹節の法令お立べし、上下とも倹節お守りなば、仁恵の行とゞかぬことはあるまじきや、
倹とはもとすこし疵あることばにて、大中至正の道にはいまだかなはざる文字なり、然るに泰平うち続きて、華侈にならひきたる世中なれば、心ある人、至極倹節お守ると思ひても、いまだ大中至正まではゆきいたらず、尚華侈の風の残りたるこそ、多かるべければ、倹とのみ心おきして、其失はなきことなり、故に倹の失に遠慮なく、今の世にては倹節お国是とすべし、もし後年倹の失のいで来る時は、又智ある人々、其よしお申たまへ、今にてはいはず、口には倹お唱へて、心には吝嗇貪欲お逞くし、僕克お以て下おくるしむるは惡なり、倹とは筋の違ひたることにて、いづれの時にてもあしく、たとへば其身平日疏食おくらひて、時により人に食おすゝむるに、華侈とはならで、身の程にしたがひて、しなよくするお倹節といふ、其身平日美食おくらひて、人には一飯おもわかたず、たま〳〵に人に出すも、身の程に劣りて、至りて麁惡なるお吝嗇といふ、この両言おかねてよくわきまへしるべし、