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落穂集追加

土井大炊頭殿〈○利勝〉と伊丹順斎出合の事
一問曰、権現様の御事は、少は御吝嗇なる御方被成御座たる共申、又左様には無御座共申ふるゝおば、如何承り候や、答曰、権現様抔の御噂お、拙者如き者の口より申上奉るは、恐れ入たる御事にはあれども、人々の惑ひお散じ候為と存るお以て、愚意の趣お申上候、世界国土の重宝と申ては、金銀米銭の四つに留りし也、但是お用ゆるに、善惡の二段の差別有之にて候、一には金銀米銭の重宝たる事お能く勘弁致し、少きなりとも無用無益の事捨て、事おはからいて、常に是おたくわへ、援は財宝お用ひず候ては、不相協とある如くなる時節にのぞみては、毛頭ほどもおしむ心無、是お取り出して、其用事おつかへ無之如く致す有るは、高きもひきゝも是お倹約と申誉たる事に仕る事なり、二つには金銀米銭重宝と有る事お、あまりに知りすごし、いやがうへにも多く貯へて集め、是お握りづめにいたし、手ばなす事おきらひ、援は財宝お不用しては不協にのぞみ、是も是お取り出し、其用事お調る事の不罷成如くなる心あいおさして、文字にもおしみおしむと雲、吝嗇と申て人間上下貴賤おかぎらず、よろしからぬ事に仕るなり三つには金銀米銭お遣ひ散ずる事おば、湯水お遣うも同じ事の様に心得、無益の義にもおしみ無く入果すお、扠もきやう人の物きらしかななどゝ申て、うつ気者のほめそやしけるお、能き、事と心得、有れば有次第に、勘弁もなく取出して、まきちらす如く有之お、やくたいなし共、十方無しとも名付、吝嗇人にはおとりたる方共可申也、子細お申に、吝嗇と申もよろしからぬ事とは申ながら、我手前に物お持ちたくわへ居申義なれば、物入りの時節にのぞみ、了簡おさへよく致し申さば、取出して用たく申儀のなるまじき物にては、有りたけの物お残りなく取り出して、外へまき失と、たくわへなしの勝手向となり、果ては先へも、跡へも参りかね、埒の明ぬ義にて、貴賤上下の武士勘弁猶の所也、但倹約と倹嗇とは、其形よく似たるお以て、吝嗇人と見違申す様なる義も、無くては不協、然共其要用の節にのぞみて、財お用ると不用との差別によつて、勘弁致し候に於ては、明白に相知れ可申也、こゝお以て権現様の御事お相考へ奉に、よく倹約お御用被遊たると申に於て、御相違は無之也、