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近世奇人伝

三宅尚斎〈並妻女〉尚斎の内人、その徳尚斎にも勝れりとかや、尚斎禁錮せらるゝ時、母堂と子二人お婦人に托して、金弐拾片お与へ、母堂の奉養懇につとむべきよしお命ず、後三年お経て放たれし時、相まみえて挙家安全お喜ぶとき、婦人彼金お出して尚斎に返す、尚斎大に怒て、こは何事ぞ、如此ならば母君は窮し給ひしこと、如何ばかりならん、女不孝の罪いふべからずと罵るに、婦人徐に答て、母君の奉養は心の及ぶ限尽し侍ぬ、唯我身は人のために雇となりてせざる所なく、其価おもて仕へ奉りし也、此金はかく禁お許されたまはん時の用に、返し申さんとたくはへぬ、とらはれとなり給ひては、さこそ苦しうおはしまさんに、妻子の身として安くあらんものかはと思ひて、吾等三人は冬綿の衣お身につけず、夏蚊帳お室にたれず、かゝれば母御の御為に、ともしきことなかりしと語りしかば、尚斎も大に感じて其労お謝したりとぞ、