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銀台遺事

天明五年、御所労〈○細川重賢〉いたく重らせ給ひて御おきふしも、左右よりたすけ参らする頃、御寝所の畳のやれて、御足にさわらん事の、うれたければとりかへまほしと、近習のものども、いひあひせけれども、左申さんには、よもゆるし給はじとて、用処にましませしほどに、こと所の畳と取かへてしきたりしお、御かへりさまに、目とく見とがめ給ひ、誰かはかゝるよしなきはからひおせしとて、以の外御気色損じ、折ふし堀尾一甫老人、あたりにさぶらはれければ、むかはせ給ひて、いかに一甫、これ見られよ、畳のやれたりとて何かくるしかるべき、われ常に費おしりぞくるお、近習の者ども心得ずして、我にも知らせず、やゝもすれば、かゝるふるまひお仕ることの口おしさよ、さいへばあまりに吝嗇なるやうにもあらるべけれども、われ一生のほど、かばかり心おつくしたればこそ、此頃の凶年にも、領分の民どもに餓死おばさせざりしが、いまは病みにほれて、心もとゞかず、たゞいはでこそやみなめとて、いぶからせたまひし、かくのたまひしは、九月末の事なり、ついに次の十月に、かくれましましき、